『VIVANT』ジャミーンの力に潜む死角|鈴木の反応が薄かった理由

『VIVANT』ジャミーンの力に潜む死角|鈴木の反応が薄かった理由

TBS系日曜劇場『VIVANT』の続編は2026年7月26日に放送を開始し、9月6日には通算17話目(シーズン2としては第7話)が放送された。前作から続く「別班」と国際テロ組織「テント」、そして中国の対外工作機関「シンシー」を巡る攻防が今も続く中、この回で正面から焦点が当たったのは、物語の脇を静かに支えてきた少女ジャミーンだった。

乃木憂助と柚木薫にとって家族同然の存在である彼女には、シーズン1の頃から「人の善悪を直感的に見抜く力」があると示唆されてきた。だが実際にその力が、公安内部に潜む内通者をあぶり出すという重大な局面で使われたのは今回が初めてだ。放送直後からSNSでは彼女の「扱い」を巡って様々な声が上がったが、そこで示されたデータを並べ直すと、この力の正体そのものに疑問符が付く矛盾が浮かび上がってくる。

第17話で明らかになったこと

乃木は公安部長の佐野に、ジャミーンの「善悪を見抜く力」を報告書に記載していたことを明かす。司令部はこれを「サヴァン症候群の類型」と評価し、国家にとって有用な”資源”になり得ると判断した。乃木は公安内部に潜むシンシーの内通者を探るため、捜査員たちの写真を彼女に見せるという判断に踏み切る。

悠長に構えていられない状況の中で、乃木があえて「子どもの直感」に近いこの力に頼らざるを得なかったこと自体が、公安という組織の手詰まり感を映していると言える。この力の実績として語られたのが、現地の医師が実施したという試験だ。犯罪者と善良な市民の写真100人以上をランダムに見せたところ、ジャミーンは一人も間違えずに判別したという。

写真を見せられた5人、反応の強さは一律ではなかった

結果を整理すると、次のようになる。

人物 反応の強さ 後に判明した事情
山本 最も強い拒否反応 故人。反応の理由は劇中で明言されていない
涌井俊策 強い反応 妻への日常的な暴力が発覚
鈴木翔 薄い反応 中国の工作員と同型のイヤホンを使用、シンシーの内通者と判明
野崎守 多少の反応 別班内で”裏切り者”を演じる潜入捜査を継続中
佐野 反応なし 善人と判定

なぜこの並びに違和感が残るのか

物語の目的だったはずの「内通者探し」において、実際にシンシーのスパイだった鈴木の反応は、家庭内暴力が発覚した涌井よりも弱かった。しかも潜入捜査で”裏切り者”を演じているだけの野崎ですら、鈴木と大差ない反応を示している。

もしジャミーンの力が文字通り「善悪を見抜く」ものなら、国家を裏切り仲間を危険に晒しているスパイの反応が、家庭内の暴力より軽く出るのは筋が通らない。この違和感こそが、彼女の力の本当の仕組みを考える手がかりになるのではないかと筆者は見ている。

もう一つ気になるのが、佐野の「反応なし」だ。劇中ではこれを単純に「善人」の証拠として扱っているが、裏を返せば「反応が出ない」ことと「本当に潔白であること」はイコールではないはずだ。もし反応の有無が罪悪感の強弱に左右されるのだとしたら、そもそも罪悪感を抱く必要のない――つまり自分の行為を正当だと信じ切っている人間――の反応もまた「なし」に近くなるのではないか。佐野を安易に信用してよいのかという疑問は、この場面だけでは払拭しきれない。

この力は「善悪センサー」ではなく観察力なのではないか

放送内で使われた「サヴァン症候群」という言葉に注目したい。医学的にサヴァン症候群は、特定分野で突出した能力を示す発達特性を指す言葉であり、本来「真実を見抜く超能力」を意味するものではない。むしろこの言葉があえて選ばれたことは、ジャミーンの力が「客観的な善悪判定装置」ではなく、「本人が意識的・無意識的に発しているサイン――表情のわずかな変化や視線、呼吸のリズムなど――を極めて高い精度で読み取る観察力」である可能性を示しているのではないかと筆者は考える。

独自仮説:見抜いているのは「良心の摩耗度合い」ではないか

この見立てに立つと、5人の反応の差には説明がつきやすくなる。涌井は「妻への暴力」という、まだ自分の中で処理しきれていない生々しい罪悪感を抱えている段階だったと考えられる。一方の鈴木は訓練を受けたプロの工作員だ。長期間にわたって二重生活を送ることに慣れ、動揺や罪悪感を表に出さない術を体に染み込ませていたとすれば、写真を見せられた瞬間の反応が薄く出るのはむしろ自然なことだ。野崎の「多少の反応」も、彼が潜入捜査という名目上の裏切りを日常的に演じ続けていることによる、演技と本心のわずかなズレが漏れ出たものと解釈できる。

つまりジャミーンの力は「善悪」そのものではなく、「その瞬間にどれだけ強い良心の呵責や動揺を抱えているか」を測る力なのではないか、というのが筆者の仮説だ。だとすればこの力には明確な死角がある。感情の動揺を制御する訓練を積んだ人間や、罪の意識そのものが摩耗してしまった人間ほど、この力の網をすり抜けやすいということになる。

ここで思考実験をしてみたい。もし乃木自身がこのテストを受けたらどうなるだろうか。乃木は任務のために人を殺めた経験を持つ人物であり、その意味では紛れもなく「罪」を抱えている。だが同時に、その行為はすべて仲間や国家を守るという目的のために行われており、乃木自身がそれを深く後悔している様子は劇中でほとんど描かれてこなかった。もし筆者の仮説どおり、ジャミーンの力が「良心の摩耗度合い」を測るものだとしたら、乃木の反応もまた鈴木と同じように薄く出るのではないか。家族同然の相手を前にした彼女が、その結果をどう受け止めるのか――もしこの力が今後さらに物語の中心に置かれるなら、いずれこの構図こそが最大の試練として描かれるのではないかと筆者は予想している。物語の中で司令部がこの力を”国家の資源”として扱おうとしている以上、いずれこの死角を逆手に取られる展開が来るのではないかとも考えられる。この仮説はあくまで筆者の推測であり、今後の展開次第で覆る可能性がある点は断っておきたい。

現実世界との接点として一点だけ触れておくと、表情や生体反応から人の内面を判定しようとする発想自体は、現代のAIによる噓検出や与信スコアリングを巡る議論とも重なる部分がある。表面的なシグナルをどこまで「真実」として信頼してよいのかという問いは、フィクションの中だけの話ではない。

なお、この仮説だけでは説明しきれない点も残る。最も強い拒否反応を示したのは、すでに故人である山本だ。本人がその場にいない以上、「その瞬間の罪悪感」という説明は成立しにくい。ジャミーンが見ていたのは山本本人の感情ではなく、周囲の人間が彼に対して抱いていた負の感情の記憶だったのか、それとも別の要因が働いていたのか。この一点は、今回の情報だけでは筆者も断定できず、今後の描写を待って改めて検証する必要があると考えている。

“資源”として扱うことのリスク

司令部がジャミーンの力を「サヴァン症候群の類型」と分類し、国家にとって有用だと判断した場面は、視聴者に静かな不安を残した。もし彼女の力が本当に「良心の摩耗度合いを測る観察力」に過ぎないのなら、それを「絶対に嘘を見抜ける装置」として運用すること自体が危険だ。良心が強く残っている人間ほど疑われやすく、感情を制御し尽くしたプロほど見逃されるという逆転が起きかねない。今後の展開で、この力への過信が公安側の判断ミスにつながる場面が描かれても不思議ではないだろう。

まとめ

第17話は、ジャミーンという癒やしのキャラクターが、公安という国家組織の実務に組み込まれていく転換点として描かれた。写真テストの結果だけを見れば「内通者を特定した快挙」だが、反応の強弱を並べ直すと、本物のスパイの反応の薄さという不自然な事実が浮かび上がる。この力が本当に「善悪」を見抜いているのか、それとも別の何かを読み取っているだけなのか。その答えが今後の展開でどう描かれるのか、注目していきたい。

参考・出典

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