国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長とは、愛知県名古屋市出身で、日本の検察官として約30年のキャリアを積んだのちにICC判事となり、2024年3月に日本人として初めて所長に選出された人物だ。米国からの制裁という異例の事態に直面しながらも「法の支配」を訴え続けるその経歴と歩みを、公的な記録をもとに整理する。
赤根智子氏とはどんな人物か
赤根氏は1956年6月28日生まれ。愛知県立旭丘高等学校を経て、1980年に東京大学法学部を卒業した。1982年に横浜地方検察庁で検事に任官し、以後横浜・名古屋・仙台・東京の各地検で勤務。札幌地検公判部長、函館地検検事正(2010〜2012年)、最高検察庁検事などを歴任した、生え抜きの検察官だ。米ジャクソンヴィル州立大学大学院で刑事司法学を学び、1990年に修士号を取得している。国内の一検事から国際司法の頂点に立つまでの歩みは、日本の法曹界でも異例のキャリアといえる。
検事として歩んだキャリアの土台
赤根氏のキャリアの特徴は、法廷での立証や捜査を担う「検察官」の仕事を長く続けた点にある。日本国内の刑事司法の現場で培った経験は、後にICCで裁判官として証拠を吟味し、捜査開始や逮捕状発付の可否を判断する仕事に直結した。国連アジア極東犯罪防止研修所(UNAFEI)では1996年から教官を務め、2002年に次長、2013年7月には所長に就任。2014年からは法務総合研究所長も兼任し、途上国への法整備支援にも長く携わってきた。名古屋大学法科大学院や中京大学大学院法務研究科で教授として教壇にも立っている。検察官・研究者・国際協力の実務家という3つの顔を、いずれも中途半端にせず積み重ねてきたことが分かる。
ICC判事、そして日本人初の所長へ
2017年12月のICC裁判官選挙で当選し、2018年3月11日にICC判事に就任した。斎賀富美子氏、尾崎久仁子氏に続く日本人3人目の判事である。判事としては主に予審裁判部に配属され、捜査を全面的に認めるかどうか、逮捕状を出すかどうかを判断する立場を担った。そして2024年3月11日、判事たちの互選によってICC所長に選出され、日本人として初めてこの職に就いた。任期は2027年まで。ICCは2002年設立以来、常に欧州出身者が要職を占めてきたわけではないが、アジア出身、しかも検察官出身者が所長に選ばれたのは、ICCの多様な出身母体を象徴する出来事でもあった。
プーチン大統領への逮捕状とロシアからの指名手配
赤根氏の名を世界的に知らしめた出来事の一つが、2023年3月にICCがロシアのプーチン大統領らに対し、ウクライナからの子どもの不法移送に関与した疑いで逮捕状を発付した件だ。判事の一人としてこの判断に関わった赤根氏は、その報復として2023年7月、ロシア当局から指名手配を受けた。本人は日本への一時帰国中、NHKのニュースでこの事実を知ったという。2025年12月にはロシアの裁判所が欠席裁判で有罪判決を言い渡している。国家元首を訴追対象とする判断に加わった判事自身が、逆に指名手配される――という構図は、ICCという組織が抱える緊張関係を象徴する出来事だった。
なぜ検察官出身者がICCのトップに選ばれたのか
赤根氏自身は、あるインタビューで「予審の仕事は日本の検察官の仕事とどこか似ている」と語り、証拠を精査し立件の可否を見極めてきた経験が、異なる法体系の出身者が集まるICCで橋渡し役を果たすうえで役立ったと述べている。ICCの判事団は英米法・大陸法・イスラム法など多様な法的背景を持つ判事の集合体であり、実務畑を歩んできた人物が全体の調整役として選ばれることには一定の合理性がある。理論に強い研究者出身の判事ではなく、現場で証拠と向き合い続けた検察官出身者が所長に選ばれた背景には、ICCが「理念だけでなく実務が回る組織」であり続ける必要に迫られていた事情があったのではないかと考えられる。
「法の支配」を掲げる所長が直面する対立
赤根所長は国際刑事司法の日をはじめとする節目の声明で「責任追及なくして真の和解や永続的な安定はない」と繰り返し訴えてきた。一方で、その正義の実現を掲げる立場そのものが、米国のような大国との摩擦を生む構造も抱えている。赤根所長自身、ICCが直面する最大の課題は米国による制裁だとしたうえで、「ルール・オブ・ロー(法の支配)か、ルール・オブ・パワー(力の支配)か」という選択が問われていると語っている。検察官として国内法の枠組みの中で正義を追求してきた人物が、国家主権という枠組みそのものと衝突する国際政治の最前線に立たされている点に、この人事の重みが表れているといえるだろう。今後、米国との関係がどう推移するかによって、赤根所長が掲げる理念の実効性も試されることになりそうだ。
よくある質問
Q. 赤根智子氏はどこの出身か?
A. 愛知県名古屋市の出身。愛知県立旭丘高等学校を経て東京大学法学部を卒業している。
Q. ICC判事になる前は何をしていたのか?
A. 1982年に検事任官後、約30年にわたり日本の検察官として勤務した。国連アジア極東犯罪防止研修所(UNAFEI)の所長や法務総合研究所長も歴任している。
Q. 赤根智子氏はなぜ有名になったのか?
A. 2024年に日本人として初めてICC所長に就任したことに加え、プーチン大統領への逮捕状発付への関与でロシアから指名手配を受け、2026年には米国からも制裁対象に指定されるなど、国際的な対立の当事者となったためだ。
参考・出典
- 赤根智子 – Wikipedia
- Tomoko Akane – Wikipedia (English)
- 国際刑事裁判所訪問記 #1 | 特集 – 本の話
- “Justice must and will prevail” – An interview with Judge Tomoko Akane | EJIL:Talk!
- Alumni Spotlight: Judge Tomoko Akane | JSU Stories


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