天幕のジャードゥーガル考察|史実のファーティマが暗示する結末

天幕のジャードゥーガル考察|史実のファーティマが暗示する結末

1246年、モンゴル帝国の都カラコルム。一人の女性が、身体じゅうの穴という穴を糸で縫い合わされたうえでフェルトにくるまれ、生きたまま河に投げ込まれた。ペルシア語の年代記『世界征服者史』が伝えるこの処刑の記録こそ、現在テレビ朝日系「IMAnimation」枠で放送中のアニメ『天幕のジャードゥーガル』の主人公シタラのモデルとなった、実在の女性ファーティマ・ハトゥンの最期である。作品はまだ物語の序盤を描いている段階だが、筆者はこの史実を知ったうえで見ると、画面の端々に不穏な影がすでに差し込んでいるように思えてならない。

「河に消えた女」――シタラのモデルは実在した

『天幕のジャードゥーガル』は、13世紀のイラン・トゥースを舞台に、奴隷の少女シタラが学問と出会い、モンゴル帝国に連れ去られていく姿を描く作品だ。細かな展開はここでは触れないが、シタラという名の少女が過酷な運命に翻弄されていくことは、作品の根幹に関わる設定として広く知られている。

このシタラの下敷きになっているのが、実在した女性ファーティマ・ハトゥンだ。ホラーサーン地方の都市マシュハド近郊の出身とされ、1220年代のモンゴル軍侵攻で捕虜となり、遠くカラコルムへ連行された。そこで第2代皇帝オゴデイの皇后ドレゲネ(トレゲネ)に見出され、側近として権勢を振るうようになる。しかし1246年、第3代皇帝グユクの即位とともに失脚し、冒頭で紹介した凄惨な処刑に処された。これは創作ではなく、複数の史料に記録された歴史上の出来事である。

学問と絆、アニメが史実に加えた「もう一つの物語」

シタラは奴隷、ファーティマも捕虜――重なる出発点

史実のファーティマの前半生については、実のところほとんど記録が残っていない。彼女がどのように育ち、何を考えていたのかは史料の空白地帯であり、ジュヴァイニーらの年代記もカラコルム到着以降の政治的な動きしか描いていない。作品はこの「空白」に目をつけ、学者の家で教養を身につける奴隷の少女という出自を与えたのではないかと筆者は考える。史実の骨格を保ちながら、書かれなかった部分を丁寧に埋めていく構成は、歴史考証もののお手本のような設計に見える。

恩人の名を継ぐという設定が持つ意味

原作漫画の設定として、シタラが仕えた学者の未亡人の名が「ファーティマ」であることも見逃せない。史実の人物名をあえて劇中の別人物に先取りさせておき、いずれ主人公自身がその名と運命を引き受けていく――そんな二重構造を筆者は想像している。もしこの読みが当たっているなら、視聴者は物語の早い段階から、主人公がやがて背負うことになる名前の重みを、無自覚のまま目撃していることになる。

ドレゲネとの共闘は権力闘争の教科書だった

史実をたどると、ファーティマの権勢は決して長続きするものではなかった。1241年にオゴデイが没すると、次の皇帝が決まるまでの中継ぎとしてドレゲネが政治の実権を握る「称制」の期間が始まる。約5年にわたるこの期間、ファーティマはドレゲネの信任を背景に、有力な官僚を次々と失脚させるなど人事に深く関与したと記録されている。権力の絶頂にいた期間と、処刑に至るまでの期間がほぼ重なっているという事実は、この物語が単なる成り上がりの物語では終わらないことを静かに物語っている。

「呪術」という告発は何のための口実だったのか

グユクの即位後、ファーティマは皇族の一人コデンに呪いをかけたと告発される。史料を読む限り、この告発は宗教的な迷信というより、旧体制の中枢にいた人物を排除するための政治的な口実だった可能性が高いと筆者はみている。真偽の検証よりも先に処刑という結論が用意されていたように読めるからだ。権力を握った者が失脚するとき、罪状そのものより「誰がそれを必要としたか」を見るべきだという構図は、時代を問わず繰り返されてきたものであり、この作品が現代の視聴者に響く理由の一つもそこにあるのではないだろうか。

アニメは史実をなぞるのか、それとも変えるのか

ここまで述べてきた処刑の記録は、あくまでファーティマ・ハトゥンという史実上の人物のものであり、シタラという創作されたキャラクターがまったく同じ道をたどるとは限らない。原作はすでに単行本6巻まで刊行が進んでいるが、物語の結末そのものはまだ描かれていない。筆者としては、史実をなぞるだけの悲劇として終わらせるにはあまりに丁寧な人物造形がなされているだけに、原作者が何らかの形で史実との「差分」を用意しているのではないかと予想している。その差分がどこに現れるのかを探しながら追いかけると、この作品はまた違った緊張感を持って楽しめるはずだ。

押さえておきたいポイント

  • 主人公シタラのモデルは、13世紀に実在したファーティマ・ハトゥンという女性
  • 史実のファーティマは1246年、政変の中で処刑されたことが年代記に記録されている
  • 権勢を握った期間はオゴデイ没後の「ドレゲネ称制期」とほぼ重なる
  • 失脚のきっかけとされる「呪術」の告発は、政治的な排除の口実だった可能性がある
  • アニメ・原作がこの史実をどこまでなぞるかは、まだ描かれていない今後の展開次第

独自仮説|「呪術師」の汚名は、彼女の学問そのものが招いたのではないか

ここからは、記事中の複数の事実をつなげて組み立てた当サイト独自の仮説である。断定はできないが、一つの読み方として提示したい。

作品がシタラに与えた出自は「学者の家で教養を身につけた奴隷」であり、一方で史実のファーティマが失脚する口実となったのは「呪術」の告発だった。筆者の見立てでは、この二つは無関係ではない。薬草や暦、異国の言語といった学問由来の知識は、それを持たない宮廷の人々の目には超常の術としか映らない。彼女を宮廷で押し上げたはずの知識が、そのまま彼女を葬る罪状へ転用されたのではないかと予想する。

そう読むと、恩人の名「ファーティマ」を継ぐという二重構造の意味も変わってくる。継承されるのは名前ではなく、「学のある女は魔術師と呼ばれる」という理不尽そのものではないか。原作者が用意しているであろう史実との差分も、生死の書き換えではなく、シタラが自らその汚名を引き受けるという選択の形で現れる気がしてならない。もっとも、これは序盤までの情報から組み立てた予想であり、今後の展開次第で覆る可能性は十分にある。

付け加えるなら、女性が学ぶこと自体が疑いや制限の対象になる構図は、13世紀に限った話ではない。教育を受ける機会が性別によって狭められる地域は現在も存在しており、800年前の一人の女性を描いたこの作品が古びて見えないのは、その理不尽が形を変えて残り続けているからだと筆者は考えている。

参考・出典

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